想像散歩

HALの背負子の中には、「カリカリのハンバーグ」。「お弁当」と「お菓子」。
手を洗う流しまで積んである。

背負子
[ E-3 Zuiko Digital 25mm F2.8 ]

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空想のお弁当を持って空想のハイキング。
「草」を採ったり、手を洗ってお菓子を食べたり。ごっこ遊びが続く。
現実に公園に来ているのに、散歩にならない。

空想の中で事象を再現し、シミュレーションを繰り返して、新しい認知プロセスやオブジェクト・ゲシュタルトを構築しているのだろうか。
そのごっこ遊びが飽きる時は、自明の概念として世界観に定着したということなのかもしれない。
わずかな経験では把握しきれない現実に、想像世界のレイヤーを重ねて、「関わり」を遊ぶ。

その、見え方も時間の流れも違う想像世界に付き合わされるけど、彼女の頭の中でしか見えないレイヤーを、同じように想像できる。いや、出来ていなくてもいい。よく判らないところは、こちらからそのレイヤーに働きかけ、輪郭を再構成し、合成することで、想像世界を共有し、重なったレイヤーの多重現実の中で遊ぶことが出来る。脳内の想像世界ではないのだ。
輪郭が不定型で曖昧なだけに、その想像レイヤーにはいくらでも、魔法やお化けが共存することが出来る。
面白いよね。

嫁が「きっと幼稚園に行ったら、嫌われるよね」と苦笑い。
「かちゃかちゃかちゃ(準備の音)はい、お菓子食べて!」
「どこにそんなのあるんだよ!」
勝手な多重現実を押し付けられて、付き合いきれないお友達のイライラが、もう見えてきます。
経験済み 😆
今は、おもちゃもリアルで、テレビやゲームなどのメディアもリアルで、想像世界を早々に卒業する子達がさらに多いんだろうな。

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