贖罪

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[ E-3 Zuiko Digital 50mm F2.0 Macro ]

わたしは、人間とは非常に身勝手な思考回路を持ち合わせた生き物だと思うのです。

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「贖罪」湊かなえ著
取り柄と言えるのはきれいな空気、夕方六時には「グリーンスリーブス」のメロディ。そんな穏やかな田舎町で起きた、惨たらしい美少女殺害事件。犯人と目される男の顔をどうしても思い出せない四人の少女たちに投げつけられた激情の言葉が、彼女たちの運命を大きく狂わせることになる―これで約束は、果たせたことになるのでしょうか?衝撃のベストセラー『告白』の著者が、悲劇の連鎖の中で「罪」と「贖罪」の意味を問う、迫真の連作ミステリ。本屋大賞受賞後第一作。

未解決の殺人事件から15年後、執拗に無残に歪んでいく4人の少女達の人生。
少しでもネタバレさせたくないので、書けることは少ないけど、ともかく陰惨とした物語なのに、ぐいぐい読んでしまうのがすごい。
面白い!

でも、楽しくはない。

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湊かなえといったら、「告白」
「愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです。」我が子を校内で亡くした女性教師が、終業式のHRで犯人である少年を指し示す。ひとつの事件をモノローグ形式で「級友」「犯人」「犯人の家族」から、それぞれ語らせ真相に迫って行く小説。
このインパクトはすごかった。
人間の暗いところをえぐり出していく筆裁きで書かれる負の連鎖に、多くのレビューで「読後の後味の悪さ」「救いのなさ」が書かれていましたが。(本を手に取る切っ掛けになった新聞の書評広告)

真っ当な人としての感覚があれば、そう思えるのでしょうが、僕が、まったく逆に、爽快なクライム小説として読めて、後味サイコーでした。
ああ、僕は善良な市民を装ってる(そう思い込んでいる)というだけで、人を恨んで復讐したいと考える人間なんだなと、開き直れたので。

「善良な市民」の肥大化した被害者意識と、その攻撃性。
最近の犯罪報道を見聞きする度に、違和感を感じる今日この頃。
「人を憎んで罪を憎んで人を憎まず」で加害者の更正を重視する社会意識から、被害者の心情に寄り添うようになったのは、良かったとしても、この社会レベルでの攻撃的な被害者意識は何なんだろう。

そう感じる一方で、もし僕が、子供を殺されることにでもなったら、「二度とこんなことが起きないように」と温かい気持ちで、世の子供達を守ろうと思うだろうか?
たぶん、元気に遊んでいる同じ歳ぐらいの子供を見たら、その極限的な不公平に、その子を呪いそうです。そんな家族を恨みそうです。生きている全ての人に復讐しそうです。加害者の存在をゆうに超えて。(恐すぎ 🙄 )

そういう部分ってあるなぁ。と思えたらから「告白」は、清々しくさえ感じたのものです。

一方、この「贖罪」の方が、なんだか行き場のない鬱屈感がありました。
贖罪すべき人は、これで贖罪になったのだろうか。一つの罪に対しては、もちろん、他に変えようもない罰を受けたことになるのだが。
ヒドすぎる。そこに感情移入できなかったので、他の登場人物達が哀れでならない。

ラストシーンを読みながら、彼女たちに幸せが訪れることを祈ることが、「告白」で告白した読者の「贖罪」になるのだろうか。

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コメント

  1. north より:

    某SNSとリンクされたね

  2. nosaku より:

    north: 某SNSとリンクされたね

    設定しておきました。また、あちらに更新情報が届くようになったので、
    これからもよろしくお願いします 😀

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